CAAD9で鉄ポタ...明治期の煉瓦の橋台!
今日の記事はどのカテゴリーに入れれば良いのか迷いましたが、結局自転車のカテゴリーにしました。
今日は久しぶりに自由に時間を使えそうだったので、いっちょ淡路島一周でも行くか! と思ったのですが、いつ雨が降るかわからない天気予報のために家を出そびれ、結局家の周りをウロウロし、最後はいつものガレリアさんにディレーラーの調整をしてもらいに行きました。
ガレリアさんのに行くのに、阪急王子公園駅から神戸科学技術高校の東側を南下して旧西国街道に出、西に進んで生田川を渡るルートを選択!
科技高を過ぎて旧JR貨物臨港線の橋梁跡にさしかかったところで、私の目はその橋台に釘付けになりました![]()
そこには1907(明治40)年、臨港線開業時に設置されたと思しき煉瓦製の橋台が、いまだに撤去されることなく、良好な状態で残存していたのです!
橋台は東西両側とも残っており、パラペットはコンクリートにより補修されていました。また橋桁も現代の新しいものに交換済みでした。
橋台の最も下端の台座部分は切石が水平に配置されていますが、大小の石が交互に配され、まるで煉瓦のフランス積みを見るようです。
橋台の煉瓦の積み方は広義のイギリス積みですが、端部を七五煉瓦(普通煉瓦の7割5分の長さの煉瓦)により処理しており、厳密にはオランダ積みにあたります。コーナーは隅石を配し、隅石1段につき煉瓦を6段組積しています。煉瓦および橋台そのものを実測していませんが、見かけ上の橋台の幅から、当初より複線を敷設するものとして建設されたのではないでしょうか?
この橋梁の西側に、別の短い橋梁が接するように存在します。大きいほうの西側の橋台がそのまま西側の橋梁の東側橋台を兼ねています。こちらの小さい橋台も、やはり煉瓦の積み方はイギリス積み(オランダ積み)で、コーナーに隅石を配しています。
今日は自転車で通りかかっただけなのでここまで。いずれまたじっくり見学に行きたいと思います。
臨港線については、かつて別の橋台を神戸市教育委員会により発掘調査が行われ、出てきたものは近代化遺産としての価値を認めて埋め戻し保存としたようです。とすると、この橋台も同様の価値があるのではないでしょうか?
市教育委員会が発掘した橋台については、神戸新聞(2005年4月28日付)の「〈礎(いしずえ)〉近代が残したもの」というコラムに記載されています。
http://club.kobe-np.co.jp/mint/article/odekake/ishizue20050428.html
しかし近代に開港した港町神戸、街を走れば色々な発見があるものですね![]()
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コメント
神戸臨港線、虫食いで廃線跡が残り、行く末を心配していましたが、少ないながらも構造物は保存・活用されそうでなによりです。桁やガードは新調されていますが、昔も桁下は2.9mでした。
投稿: N氏 | 2009年7月 9日 (木) 20時24分
コメントありがとうござうます。N氏
保存・活用されるのでしょうか? 灘駅付近の貨物線跡には分譲集合住宅が建ってしまいました。
西側の橋梁は現状ではコンクリートにより閉塞されていますが、ストリートビューの画像では閉塞されていません。細々と手を加えられているようですが、設置当初の姿を保つ方向でないことだけは確かです。
投稿: すーやん | 2009年7月 9日 (木) 22時36分